ひでシスのめもちょ

今度は箱根登山鉄道に乗ってみたいと思っています

著者と語る『ダークウェブ・アンダーグラウンド』読書会

闇の自己啓発会は2月24日、都内某所に集まり、『ダークウェブ・アンダーグラウンド』の読書会を行いました。なんと今回は、著者の木澤佐登志さんご本人が参戦! 最初は緊張していた一同でしたが、おもむろに抜いた歯を見せたり、動画を再生したりして、和気あいあいとした雰囲気で進められました。(ひでシスがサボっていたせいで掲載が遅れました。申し訳ありませんでした。)
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参加者一覧

江永泉(以下江永)
文学理論や文芸批評、やる夫スレやネット小説を読んできた。好きなホラー小説は、双桑綴『釈迦ノ脳髄』。

役所暁(以下暁)
学生時代は政治学などをしていました。ブラック企業を経て現在編集職。好きなライトノベルは、藤原祐『ルナティック・ムーン』。

木澤佐登志(以下木澤)
無職兼文筆家。著書に『ダークウェブ・アンダーグラウンド』。好きなノワール小説はジム・トンプスン『この世界、そして花火』

ひでシス(以下ひで)
農業経済学専攻→インドネシア農村研究→農薬メーカー→ネット起業。好きな女装漫画は『ゆびさきミルクティー

はじめに

【木澤】 ぼくはどういう立ち位置でこの読書会に参加したらいいんですかね?
【ひで】 著者が読書会に参加されると、やっぱり特権的な立場になってしまったりしてやりずらかったりしますか?
【木澤】 あまり特権的な立場から物を言いたくないので補足と言うか、書いていなかったけどこういう話もあるとかそういう話ができれば。
【江永】 エルサゲートの話とかもあると思うので、そういうこともうかがえれば。

概論、本を読んでみた感想

【江永】 そういえば最近、初めて親知らずを抜いたんですが、見ますか? というか、これです。
【暁】 僕も親知らず抜いたな〜。

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江永氏の親知らず
モザイク無し写真はこちらから
【ひで】 おもったよりグロいですね
【江永】 抜いたときについていた血がそのまま乾いた感じですかね。
【暁】 僕は歯茎切開してトンカチ?で歯を割って摘出したので、抜いた歯は凄いことになってました。それと比べると綺麗ですね。
【江永】 そう、歯の状況次第では歯茎切開するんですよね。これの場合は、歯の土台のところがしっかりしていて、口内の肉を傷付ける生え方でもなかったので、虫歯になっていなかったら抜かなくてもよかったかもしれない、と言われました。日々の生活でも、すぐそこにあるのに気付かない、知らないことさえ知らないことってあるのだな、と改めて意識させられて。余計な話をしてすみません。本の話に移りましょう。
【暁】 はーい。雑な感想ですが、読んでみて知らない世界がめっちゃ書いてあったので、この本が出版された経緯とか、どういうバックグラウンドで木澤さんがこういう話を収集されていたのか気になりましたね。
【ひで】 経歴は書いてましたよね。国際経済学科卒。
【木澤】 そこはあんまり繋がっていなくて。もともとはダークウェブの関心からスタートしてて、Noteにダークウェブの記事を書いていたんですけども、そこにイースト・プレスさんが目をつけられて執筆依頼が来たんですよね。それでダークウェブについて調べてるうちに、ダークウェブで共有されている一種のリバタリアニズム思想に興味が出てきた。たとえば、児童ポルノフォーラムの「ペド・エンパイア」の運営者Luxは「私は言論の自由の狂信者だ」って言っていて。ブラックマーケット「シルクロード」の運営者DPRも、自己所有権――リバタリアニズムにおけるセントラルドグマで、自分の身体は他者からの干渉なしに自分で管理するという考え方――の観点から、ドラッグを摂取する自由について説いています。ダークウェブって暗号化技術から成り立ってますよね。その根源をたどるとサイファーパンクに行き着く。サイファーパンクの中心人物にティモシー・メイという人がいるんですけど、その人はリバタリアンであると同時にニーチェを信奉してて、自分の飼い猫にニーチェって名前をつけてるほどなんですけど……。そこでニーチェの超人思想とリバタリアニズムがつながるんですよね。
リバタリアニズムニーチェの思想の親和性ということを考えたときに思いつくのは、たとえばアイン・ランドの『肩をすくめるアトラス』という小説。アイン・ランド白系ロシア人の家系で、十月革命の後にアメリカに亡命してきて執筆活動を始める、まあ要はバリバリの反共主義者なわけですけど、そのランドの長編小説でその後のリバタリアニズムにも多大な影響を与えたのが『肩をすくめるアトラス』。これは一部のエリート的なリバタリアンたちが一斉にストライキを起こしてどっかの山中に移住して自分たちのコミュニティを作った結果アメリカが滅ぶという話で、アトラスというのはギリシア神話に出てくる天球を支えている巨人。つまり、その巨人であるところの自分たちリバタリアンが肩をすくめたら世界はどうなってしまうのか、という話。他には1997年に出版されてるジェームズ・デビッドソンとウィリアム・リース=モッグによる共著『主権ある個人(The Sovereign Individual: Mastering the Transition to the Information Age)』(未邦訳)という本。これはサイバースペースの勃興とそれに伴う暗号化技術や暗号通貨の登場によって国民国家の役割が衰退して、代わりにテクノロジーを手にした一部のエリート――主権ある個人――が台頭してきてポスト国民国家の世界を支配していくだろう、といった予言的で黙示録的な本。要するにリバタリアンニーチェの超人思想です。ちなみに、この本の熱狂的愛読者のひとりがあのピーター・ティールで、ティールはおそらくこの本に影響された形でPayPalを立ち上げているんです。だから、ダークウェブ→暗号化技術→リバタリアニズムニーチェ→ピーター・ティール→新反動主義といった感じで、一見繋がっていないようでいても、繋げようと思えば繋げられるんですよね。
【暁】 なるほど。流れが少し分かった気がします。ありがとうございます。

【ひで】 暗号通貨技術って、たとえばビットコインとかって取引履歴がコイン内に書いて公開されているんよね。一方で現金の方はトレースできない。だから、木澤さんのおっしゃるように「暗号通貨はリバタリアン」っていうのは直感的ではなくて、現金でやり取りしている現状の国家のほうが税金を取るのが難しくてリバタリアン的だと思うんですが。
【江永】 ビットコインなどが普及すれば、国家による通貨発行権の独占がなくなって、戦争しようにも戦費が調達できなくなり、国家間の戦争が起きなくなるかもしれない、みたいな話が坂井豊貴『暗号通貨vs国家 ビットコインは終わらない』(2019.2,SB新書)の冒頭に書いてありました。木澤さんの説明を聞きながら、個人が国家から自立するというか、国家並みに自律した個人になるというか、何かそういう精神性が、ダークウェブ~新反動主義の繋がりに通底しているものなのかな、と改めて考えさせられました。
【ひで】 なるほど、国によって管理された通貨に対抗するものとしての暗号通貨というイメージなんですね。
nakamotoinstitute.org
サトシ・ナカモトの論文集

【江永】 木澤さんの方で、読者がどういう反応をしているかを知りたい部分とかはありますか?
【木澤】 どこに興味を持たれたのかっていうのは気になりますね。個人的にはダークウェブがメインのつもりで書いたのに、新反動主義とかニック・ランドに注目が集まってる感じがするので意外な感じがしました。
【ひで】 ぼくはダークウェブよりもオルタナ右翼とか新反動主義とかそういうののほうが、ほかではあまり見ない記事なので勉強になりました。
【暁】 自分はダークウェブという響きに惹かれて…(笑) 読んでみたら5章が一番興味深かったです。
【江永】 私は、ニック・ランドが気になっていました。前半の方だと、3章の内容に一番刺激を受けました。こういう実録ホラーと犯罪ジャーナリズムの境界線上のものに関心があって。あと昔、新宿の画廊で、死体写真家(?)の写真というのを買ったこともあったので。そういう設定がつけられた、作り物の写真だったのかもしれませんが。

【木澤】 ISISの処刑動画とかすごいですよ。ポストプロダクションの段階でかなり編集されていて処刑動画とは思えない滅茶苦茶スタイリッシュな仕上がりになってる。
【江永】 映像作品の仕上げ方を知ってる人、クリエイターなり、デザイナーなりが制作に関わっている、ということでしょうか。
【ひで】 動画って光って音が出て絵が動くから、おサルさんでも何でもジッとみちゃうんですよね〜
【暁】 下手な記事を書くよりも動画を作る方がその物の魅力も伝わりやすいし、より多くの人に見られると思うんですよね。
【ひで】 でも動画って文章に比べて作るのにかかるカロリーは大きいですよ。だから魅力が伝わりやすいと言ってもそんなに量産はできない。
【木澤】 エルサゲート(子供にとって不適切な内容の動画が子供向けの体裁で流されてしまうこと)のように既存のパターンを組み合わせて自動生成的に作られる動画もありますよね。「フィンガーファミリーソング」みたいな自動生成で作られた虚無のような数十万本の動画をYouTubeで幼い子供が自動再生機能を使って無限に見続ける、という地獄のような世界が広がっていて。誰がどういう目的で作ってるかわからなくて。
youtu.be
(ひでシスも前職の飲み会の二次会でエルサゲートを見せたりしていました)
【ひで】 たしかにエルサゲートによる半自動生成動画がたくさん見られているというのはありますね。エルサゲートが作られている目的は広告費による収入じゃないんですか?
【木澤】 大半はそうです。だけど中には生身の人間が演じていて、かつ暴力的なものがあったりとか、そのモチベーションがよくわからなくて。
【江永】 子供向け番組っぽい体裁を借りた物騒な作品だと、アニメの『ハッピーツリーフレンズ』(Happy Tree Frends,1999~)とかを連想します。
www.youtube.com
【暁】 子供って虫をいじめたりとか、結構グロいの好きじゃないですか?たまたま目にしてハマっちゃったら怖いですね。
【ひで】 ぼくはエルザゲートで子供に英才教育するの面白いと思いますね。売れ筋の同人誌で抜くことで、世の中の流行りや好みを分かっていくみたいな。

【木澤】 単純にコンテンツとして面白くなくて生産性がないのが問題だと思うんですよね。
【ひで】 たしかにエルサゲートは単純な組み合わせですから面白くはないですが、セイキンの動画みたいな感じで、見続けていると一周回って面白くなってきませんか?
【木澤】 発想が子供と言うよりオッサンなんですよね。『ハッピーツリーフレンズ』みたいな破壊的創造性がないというか。
【木澤】 本当に幼い子供はコンテンツを自分で選ぶ能力がまだないんですよね。YouTubeの操作方法すらわからないから。だから自動再生機能でアルゴリズムが選んでくる動画を親から渡されたiPadで延々と見てしまう。
【暁】 それを規制することってできないんですか…?
【ひで】 YouTubeとしては動画をたくさん見てもらえれば広告で売上が立って勝ちなので、幼児を釘付けにする動画を流し続けるアルゴリズムを“改良”するインセンティブはないですよね。
【木澤】 もっと言えば、作る側も子供に向けてではなく、アルゴリズムに向けて作っている。やたらタイトルを長くしたり、アルゴリズムが拾ってくれるような作りにわざとしてる。『ニュー・ダーク・エイジ』の著者ジェームズ・ブライドルもTEDでエルサゲートについて語ってる動画がネットにアップされてますが、とても面白いのでおすすめです。
www.ted.com
【暁】 視聴者ではなくアルゴリズムに向けて作る、というのがSF感あっていいですね。
【江永】 すみません。さっき自分がイメージしていたのは、3DCGアニメの『ポピーザぱフォーマー』(2000-2001)でした。ごっちゃになってた。どっちも物騒とシュールの一線ギリギリを攻めてる内容でしたけど。

※以下、各章ごとに振り返りつつ、意見交換していきます。

序章 もう一つの別の世界

  • 分断されたインターネット
  • フィルターにコントロールされた「自由」
  • 「唯一にして限界なき空間」
  • 日本での議論
  • インターネットのもっとも奥深い領域

【ひで】 ダークウェブにアクセスしたことのある人!
【一同】 ・・・・・・
【ひで】 っていうのも、表層Webのほうが人が多いし満足してしまうっていうのがあって。
【ひで】 日本でダークウェブに潜っている人たちのペルソナ像ってわかりますか?
【木澤】 ハッカー界隈ではCheenaさんとか。彼はもともとダークウェブにあった某弁護士界隈のフォーラム「恒心教サイバー部」で活躍してた人なんですけど、いろいろあって逮捕されたあとはホワイトハッカーに転身してますね。某弁護士界隈については『ダークウェブアンダーグラウンド』では書きませんでしたが……。
【ひで】 やっぱり某弁護士界隈がダークウェブに潜ってた理由って、違法なことをやってて身元を隠さなければならないっていう外的な要因が主なんでしょうか。
【木澤】 そうです。あと、それこそ三次児ポ界隈とかもそう。でも日本だとセキュリティ意識が低くて、表層WEBで、しかもクレカで買っちゃう人たちが多いんですよね。デジテンツという、その界隈ででは有名なサイトがあって、最初は盗撮とゲイが専門だったんですが、だんだんパンチラ系の年齢が下がっていって、最終的に児童ポルノばかりになった、みたいな。今は名前を変えて児童ポルノ抜きでやってるようですが……。外国の方が児童ポルノに対する処罰が厳しいんですよね。持ってるだけで10-20年とか食らっちゃうぐらい。日本だと単純所持が違法になったぐらいでまだ甘いので。それこそ興味本位で買っちゃうみたいな。
【ひで】 児ポに関しては、ペインが十分に大きいから、外国ではダークウェブが流行ったのかと思いますよね。
【江永】 それにしても、さっきここ(読書会の会場)に移動する道中、暁さんに指摘されて確かにそうだなと思ったことなんですが、某弁護士界隈にせよ、あるいは淫夢界隈にせよ、誰か特定の人々のプライベートを侵害するような要素が中核にある文化に知悉していないと日本のネット文化を語れない感じは、なんなんだろう。

第1章 暗号通信というコンセプト

  • ダークウェブとは何か
  • イメージと実情
  • 国家安全保障局との攻防
  • 革新的な暗号化技術の誕生
  • 「数学」というもっとも美しく純粋なシステムによる支配

【暁】 この章は、ダークウェブの成り立ち、歴史の話でしたね。勉強になりました。後半戦の方が喋りたい人が多そうなので、サクサク進めて行きましょう。

第2章 ブラックマーケットの光と闇

  • 「闇のAmazon
  • シルクロード」の革新性
  • 思慮深きマーケットの支配者
  • DPR逮捕の内幕
  • インターネットの二面性

【ひで】 闇のアマゾンって儲かるんですかね?
【木澤】 シルクロードはかなり儲かってたらしいですよ。
【ひで】 いくらエスクローって言ったって、ダークウェブだと信頼を得られなくないですか?(※取引において買い手と売り手の間にエスクローエージェントと呼ばれる第三者が介在し、代金と商品の安全な交換を保証するサービス。例えばヤフオクでは、まず落札者が代金をヤフオク本部に支払い、商品が落札者に届いて初めてヤフオク本部から出品者に支払われる。)
【木澤】 DPRのカリスマ性というのもあります。
【ひで】 カリスマ性というのは主義主張の一貫性と強固さ、それと……
【木澤】 マルチシグニチャーで技術的に解決した
【ひで】 あ〜それですね。これには膝を打ちました。

【江永】 2章の「シルクロード」の顛末で、皮肉に思ったのは「システムは大丈夫だったけど、人間がだめだった」ということですよね。人間がセキュリティの穴になっていた。

第3章 回遊する都市伝説

【江永】 3章はなんというか、都市伝説と実録の狭間みたいな雰囲気が一番濃いですよね。「スナッフ・ライブストリーミング」の話が気になって。ただ、現に「スナッフフィルム」に実体が認められるのが、2007年の「ウクライナ21」なんですね。それも勉強になりました。
【暁】 報道写真展とか行くと普通に死体写真があるので、スナッフフィルムはそんなに価値のあるものだったのか、という驚きがあります。
【ひで】 ぼくは親族の葬式の動画をインスタに上げたい派ですけど。
【木澤】 スナッフフィルムの希少性は、動画にするために殺すというプロセス自体にあるんです。
【江永】 撮影するために人を弑するのがスナッフフィルムだとすると、J.F.ケネディの映像、ザプルーダー・フィルム(1963)なんかは、撮影者の意図とは無関係にたまたまそこで頭部を銃撃された人の姿を記録した映像という意味で、天然もののスナッフですよね。そこから少し経つとアメリカではベトナム戦争の報道写真が話題になる。エディ・アダムズの撮影した『サイゴンでの処刑』(1968)とか。で、アメリカのホラー映画史を振り返るアダム・サイモン監督のドキュメンタリー映画アメリカン・ナイトメア』(2000)では、先程言及したような写真・映像が、同時代のホラー映画と関連付けられて紹介されています。これを観てると、露悪的に言えば、その頃のホラー映画には、こういう天然もののスナッフにインスパイアされた面もあったのだな、と思わされます。で、これも悪趣味な物言いになりますが、死を報道する写真も一種のスナッフ写真でありうるし、そう捉えるなら、死を報道する機関は自分の手を汚さずにできあがった屍を利用する、フリーライダーなのだと言えるのかもしれません。諸々の敬意や徳を欠いた言い方になりますが。
【ひで】 殺すのは人間じゃないですけど、YouTuberも蟻の巣に溶けたアルミを流し込んだりもしてますよね。
www.youtube.com
(スナッフフィルムを貼るわけにはいかないのでこちらで)
【木澤】 YouTuberでも動画のために人を殺すYouTuberが出てくるんじゃないですか?
【暁】 そういう人ってなんのためにやってるんですかね。
【ひで】 やっぱりビューは稼げるんですよね。そしてそれがお金になる。
【江永】 オリジナリティを演出する安易な方法としては、やはり、タブーを犯すというのがありますよね。
【ひで】 スナッフフィルムって性的興奮のために撮ってるんじゃないですか? 『猟奇エロチカ 肉だるま』とか『手足切断ダルマロリータ JUMP』というAVもありますし。
【江永】 おそらく、性的興奮よりは、タブーを破っているという興奮が大きいのではないかな、と。
【暁】 なるほど。自然発生した死体ではなく、動画のために人を殺すというシチュエーションに滾るというのは、共感はしないけど理解できました。

第4章 ペドファイルたちのコミュニティ

  • 児童ポルノの爆発的な拡散
  • フィリピンのサイバー・セックス・ツーリズム
  • ハードコアな情報自由主義者
  • 知識共有と意見交換
  • おとり捜査
  • その後の議論

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デザートをいただきつつ読書会は続きます

【ひで】 おとり捜査をやっていたという話には震えました。
【暁】 三次元児ポのオリジナル作品を作った人のランクが上がるシステムのサイトはヤバいなと思いました。虐待動画を作る動機が生まれてしまうので。
【暁】 江永さんは一家言がありそうなので感想を聞きたいなと思ってました。
【江永】 いや、ここで紹介されている諸々は、知らなかったことばかりで。
【木澤】 最近のこの界隈での問題っていうのは、女児自身が自分で写真を撮ってアップしちゃうんですよね。最近は主にライブストリーミングですけど。
【暁】 なんで上げちゃうんですか?
【木澤】 承認欲求じゃないですか。ちやほやされたいとか。
【ひで】 それって動画を上げた女児本人が逮捕されちゃうんですか?
【木澤】 海外では本人が逮捕されちゃうこともありますね。高校生が彼氏に裸の写メを送ったら逮捕された、みたいなニュースもあったり。
【ひで】 デジタル写真って劣化なしにコピーできるのが現況ですよね。
【江永】 想像するなら、扶養者に制止されない環境があり、また他に娯楽をもたないような未成年が、手っ取り早くスマホを使って、そういう仕方で承認を得る、みたいなのはありそうに思えます。ちなみに、YouTubeだと、アメリカの未成年で、ティーンエイジャーとか、あるいは年齢一桁くらいからラップのMVをアップロードしてるアーティストが結構いたりします。That Girl Lay Layとか、Brooklyn Queenとか。Baby Erinなどはニューオリンズバウンス系の曲で、ジャンル特有の声のループが破壊力あります。Baby Kaelyなんかは、5歳の頃のMVがアップされてます。とはいえ、いま名前をあげたアーティストは、映像とか音楽とか、ちゃんと制作してるっぽい人たちなんで、扶養者なり後見人なりが、きちんと関わってるんでしょうけど。日本でもMC Limeとか太郎忍者とかが小学生ラッパーとしてMVを上げてますよね。ただ、こういうノリが雑に広まったら、不穏なライブストリーミングも増加してもおかしくはないだろうとは感じます。
【木澤】 今はスマホがあるからどこでもできますからね
【暁】 無料の娯楽で何を選ぶかって大事ですね。ちなみに僕の子供の頃の娯楽は、RPGツクールなどで作られたフリーゲームでした…。ネット上ですら人と関わるのが苦手で、何もかもが自分の世界の中で完結していたので、ある意味救われていたのかな。

【江永】 私は小中学生くらいの頃は新古書店などで、よく立ち読みをしてましたが、動画サイトにアクセスできる環境があったら、動画漬けになっていたかもしれません。で、自分もチャンネルとか持って、個人情報などを自分から流していたかも。
【木澤】 感覚的にはダークウェブ系の児童ポルノの供給源の約半分ぐらいはウェブカム系自撮りという印象がありますね。
【ひで】 女児がTorを使ってるわけではないですから、表層Webで流れ出たものがダークウェブに流れ着いてるっていう感じですよね。
【木澤】 そうですね
【江永】 児童に自己決定権というか、自分の個人情報を管理する能力があるのかどうか、みたいな話になってきそうですね。
【木澤】 自己決定権があるという前提を置いちゃうと、成人と児童との性交や結婚も自己決定権の観点から合法化しなきゃいけなくなるので、線引きが難しい問題ではある。
【暁】 後悔先に立たずってこともあるし、子供のうちにまずいことだよって教育しないとヤバくないですか?例えば、デンマークとか性教育が早い上に充実してるらしいので、性教育が早い国と遅い国で、自撮り児ポの数がどうなのか比較分析すれば、教育の効果が測れそうな気がします。承認欲求そのものもをどうするかということへのアンサーにはならないですけども…。
【ひで】 その比較はできそうですね。

補論1 思想をもたない日本のインターネット

  • 根付かない「シェア」精神
  • アングラ・サブカルとしての消費
  • アメリカのインターネットが反体制的な理由

【ひで】 日本のダークウェブはスレッド式の匿名掲示板だけど、海外ではフォーラムだから識別名はあると。
5ch.net
5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)と
www.reddit.com
Reddit

【木澤】 そうですね
【江永】 大塚英志が何かの対談で、個々が意見をやりとりするインフラとしてのインターネットは整備されたけれど、そこでどう意見を交わして議論して合意を形成するか、そういう技術は洗練されてない。それが日本の現状での課題ではないか、と述べていました。だから、空気なり世論なりだけが大きく扱われて、いわゆるポピュリズムになる、みたいな論調で。

【木澤】 90年代の悪趣味系カルチャーの文脈でクーロン黒沢という人がいるんですけど、彼は過去に海外の初期インターネットにおけるグロ系文化――TasteLess――を日本に紹介してて。今はその人は在タイ日本人向け雑誌『シックスサマナ』を発刊してて、私はそこにダークウェブの連載を持っているという謎の縁があったり。僕の好きな悪趣味系文化人に青山正明っていう人がいて、彼はドラッグ、児童ポルノ、神秘思想、テクノなどに精通していた編集者で雑誌『危ない一号』とかを作っていた。でも結局鬱病で自殺しちゃってるんですよね。僕が今少し気になっているのは、なぜ青山正明は神秘思想やニューエイジに関心を持っていたのにインターネットに行かなかったのか、あるいは希望を持たなかったのか。海外だとニューエイジからサイバースペース思想にすぐ繋がっていく傾向があるのに。つまり、ニューエイジにおける「意識の拡大」や「変性意識状態」をサイバースペースにおける拡大したネットワークにアナライズする流れですね(『serial experiments lain』はわりとこうした流れをちゃんと汲んでるのですが)。このあたりに日本の特殊性があるのかもしれない。ちなみに、『ダークウェブ・アンダーグラウンド』は柳下毅一郎さんの『新世紀読書大全』を意識して書いてた部分があるんですが、その柳下喜一郎さんに発売当初からお褒めいただいたのは嬉しかったですね。
新世紀読書大全 書評1990-2010
【ひで】 うれし〜
【暁】 うれし〜
【江永】 うれし~
【木澤】 海外のアングラな事件やノンフィクションを翻訳して日本に紹介する、みたいなところを受け継ぎたいなあと思ってて。でも読者は新反動主義がどうとか、そういうインテリ系の人たちが思想書として読んでるみたいなので少し困惑してます。偏差値40ぐらいの本を書いたつもりだったので。
【ひで】 ラジオライフとかそういうところで連載すればよかったなじゃないですか。
【木澤】 『週刊新潮』で西田藍さんという方が書評を書いてくださったんですけど、「この著者はネットでは異常でヤバイ人という評判だが…」みたいに書かれてて、これはとても正しくて、異常でヤバイ人間がなんだか異常でヤバイ本を書いた、という認識が正解だと思います。
【暁】 書店では『GAFAを読み解く!』みたいな意識高いコーナーに置かれてましたし、思惑からズレた販売路線になっちゃったんですね…。
【江永】 話が前後しちゃいますが、日本の陰謀論やスピリチュアル系の物言いに対して、せっかく謎の電波とかが話に出てきても、せいぜい電波避け(?)のお守りめいたもの、ヘルメットなどをつくるくらいで、後はなぜか人付き合いや心掛け、生活法や食事法など、心一つ、身体一つで何とかなりそうな話に収斂していって、機械を使うことには総じて無頓着であるような印象を抱いてきたのですが、どうでしょう。
【暁】 確かに。雑な印象ではありますが、テクノロジーに強いスピリチュアル系って見ないですよね。

【暁】 自分がここの補論ですごく共感したのは、アメリカは建国の由来からして独立だけど、日本って戦後の民主化は上からのものなので、自主自立を草の根でやっていこうぜって意気込みがないよねということ。
【木澤】 日本では民主主義もインターネットも外部から入ってきたものとして受け止められている
【江永】 戦前のエログロナンセンスも、割と輸入物由来のカルチャーみたいな感じがします。明治期に精神病理学として入ってきた議論が、大正期には巷間に流布して、昭和期にはエログロナンセンスな小説とかの味付けとして使われてしまう、というような。「変態性欲」とか「変態心理」とかいう言葉が、学問からエンタメにひろまっていく。
【木澤】 そういうサドマゾの文脈が、60年代になると澁澤龍彦とかに繋がって、日本のサブカルや悪趣味系に繋がっていくという側面もありますね。
【暁】 デモとかも輸入された文化って言えるのかな。一揆とかは昔からあったけども(笑)
【江永】 国会図書館のデジタルコレクションで明治期の著作権切れの小説とかエッセイがいろいろ読めるんですけど、当時の女権運動ディスとか、女学生ディスには、Twitterで飛び交う罵言と大差がないという印象をいだきました。
【木澤】 人間の知性は普遍的に愚か、ということですね。
【暁】 この前テレビで見たのが、アメリカで戦車…とまではいかないけれど、いかつい車椅子の人たちが、障がい者の権利向上デモで抗議をして車道を塞いでも、みんな嫌な顔しないで応援してくれるというやつ。一方日本では、飛行機に乗れなかったと抗議した障がい者の人が滅茶苦茶叩かれた。権利を主張・拡張していいんだという文化がない感じがある。
【木澤】 少しズレちゃいますけど、戦車みたいな車椅子ってエンハンスメント(人間強化)ですよね。テクノロジーと機械を使って人間の能力を補助/拡張するというサイボーグ/ポストヒューマン思想。アメリカではノーバート・ウィーナーのサイバネティクス以降、そうした思想は連綿とありますが、とりわけ最近はシリコンバレーでそういった思想が復権している傾向がある。それこそテクノロジーを使って不死を実現するんだ、みたいなプロジェクトにピーター・ティールが出資してたり。
【暁】 僕も自分の脆弱な肉体が嫌いなので、戦車に脳ミソ乗っけたいなってよく思います。
【江永】 戦車じゃないけど、『2025 大阪万博誘致 若者100の提言書』で、パワードスーツ着用の高齢者がブレイクダンスで若者と対決みたいな企画が記載されていたのを思い出します。あの提言書は、本当に、香ばしい。「モブシーンスキル」(MorphThingなどに代表される顔画像合成の技術を指すのだと思いますが……)を使って、「自分の顔と人種が違う人の顔を合成し、あたかも自分が他人種になった体験をする」とか。参照される技術と、その使い方とにギャップを感じ、めまいがします。
【暁】 ざっと見た感じ、人類館事件とかの反省が生かされてなくて「うわぁ…」となりましたね…。
【木澤】 それこそ今の日本の思想界にも言えることで、人文知とエンジニアリングを接合させた言説があまり出てこないという情況に近いのかなと。

【暁】 僕、政治学科出身なんですけども、テクノロジーと政治をつなげるという話は全然されていなかったので、もっと勉強しなければなと思います。
【江永】 以前、暁さんとひでシスさんと読んだ、ギャビン・ニューサム+リサ・ディッキー『未来政府』(2016.9,東洋経済新報社)とかは、実務家の目線でそういう話をしてましたね。
【木澤】 ニック・スルニチェクという左派加速主義の人が『Inventing the Future』という本の中でテクノロジーを政治と繋げて論じてて、たとえば労働の全的オートメーション化によって人間は労働から解放されるべきだし、ベーシックインカムで人々が生活できるようにしていかなければならないと主張している。日本ではテクノロジーと政治をつなげて語るっていうのはあまりないですよね。
【暁】 そもそもパソコン触ったことないような人がサイバーセキュリティ大臣やってる国ですからね。
【ひで】 テクノロジーと政治をつなげるというと、落合洋一なんかじゃないんですか? 人文系ではどういう評価をされているんですか?
【暁】 詳しくないですが、界隈によって賛と否がはっきり別れてる感じです。
【江永】 以前にTwitterでバッシングされていたとき、非難する人たちは「理系の知識を付けた古市憲寿」みたいに扱っていた気がしました。今まで未読だったんですが、最近、読もうと思うようになりました。

第5章 新反動主義の台頭

  • フェミニスト・セックス・ウォーズ
  • 良識派への反発
  • 哲学者、ニック・ランド
  • 「人類絶滅後の世界」
  • 拡散する実験、そして崩壊
  • 暗黒啓蒙(ダーク・エンライトメント)
  • 恋愛ヒエラルキーの形成と闘争領域の拡大
  • 「男らしさ」に対する強迫観念

【ひで】 ダーク・エンライトメントを試しに読んでみたんですが、英語がよくわからなくて挫折しました。
【木澤】 新反動主義は主にブログ界隈で流行ったんですが、わけのわからない秘教的な文章でダラダラと長文を書き連ねるというのが新反動主義のスタイルなんです。 暗黒啓蒙(ダーク・エンライトメント)はまだマシで、とりわけニックランドが90年代に書いていたテクストの英語はかなり電波入ってて、翻訳不可能なんじゃないかな……
【ひで】 なるほど
【江永】 ニック・ランドの論文を試しに日本語にしようと思って、少なくともパッと見では文章が壊れてない「Machinic desire[機械的欲望]」(1993)を冒頭から訳そうとしたんですけど、あれでも自分は心がボキボキに折れました。映画『ブレードランナー』の挿話から始まっているみたいなんですが、なんだかレプリカント(宇宙での作業のために生産された短命な人造人間)が「人工的な死の側から来たインベーダーである」とか、香ばしいパワーワードが並んでいて。語彙は絢爛だけど話の運びが荒々しいというか、あらっぽいんですよね。「煌めくテクノカラーの外宇宙的(extraterritorial)暴力がマトリックスから溢れ出す。/サイバー革命。」みたいな。一応、extraterritorialは治外法権と訳すのが無難らしいのですが、意味の通る日本語にできなかったので字義的にテリトリーの外部だろうと解して「外宇宙的」をあてました。
www.urbanomic.com

【木澤】 「外宇宙からの暴力」というのはもしかしたらクトゥルフ的な文脈があるのかもしれません。なんかフィクションが地の文に侵入してきちゃってるみたいな。こういったフィクションなのか論文なのかわからないスタイルはセオリー・フィクションとか呼ばれてて後継者までいたりするんですが……。
【江永】 これは効くわ〜、みたいな…。
【木澤】 読むアンフェタミンですよね
【江永】 ガンガンキマりますね。そういえば、ニック・ランドの論文が『現代思想』2019年1月号で翻訳されてましたね。タイトルが「死と遣る」で、これも日本語になってますが、いかつい感じでした。
【木澤】 90年代初頭のドゥルーズ論で、まだ論文としての体裁をかろうじて保っている頃のものですね。
【江永】 ざっと眺めましたが、一段落とか、下手したら一文ごとに、よくわからない合成語とか、何を踏まえて書いてるのか明示されてない言葉が出てくる感じがしました。
【木澤】 翻訳者の方の解説が載ってたんですが、「ニックランドの英語は難解でよくわからないのだが…」みたいなかなりぶっちゃけたことが書いてありました。
【ひで】 こういうのって普通の人はよくわからないじゃないですか。どれぐらいの人がわかっているんですか?
【木澤】 新反動主義も一応Redditにコミュニティがあるんですが、登録者数が1万5千人ぐらいいます。
www.reddit.com
【江永】 新反動主義は、国際政治オタクとか架空戦記オタクみたいなものとテック系のものがちゃんぽんになって、人文学っぽい装いでまとめられた、というイメージでした。ウィキぺディアの新反動主義の項目などを眺めていると、技術者や実業家がはまっているっぽいイメージ。
【木澤】 少なくともブログで長文をかける人のイメージ。

【暁】 この章で自分は、ゲーマーゲートのところが興味深かったですね。ゲームにおけるジェンダーバイアスを批判した人がネットで滅茶苦茶叩かれたという話。日本でもこういうのありますよね。でも、そういうゲーム批判が実際にゲームに反映された例もある。異性婚しかできなくて批判されたゲームが、次回作でほんの少しだけ同性婚できるキャラを実装したりとか。まあその申し訳程度感がまた色々なサイドから叩かれたわけだけど、言わないよりは言ってみた方が運営に届く確率は上がるから…。個人的には悲恋エンドや、恋愛・結婚ではない男女の関係性を復活させてほしいんですよね。
【江永】 要望は要望として出したり、作中の要素から道義的な問題を取り出したり、設定を深読みして思考実験したり、それこそ、フォーラムというか色んな意見を出せる場があるといいんですが。ネットの掲示板で色々あるかもしれないけど。掲示板があっても、ユーザー同士で、意見の強引な統一や潰しあいに陥っちゃうと、キツいですね。

第6章 近代国家を超越する

  • 既存のシステムからの脱出
  • 排他性を孕む結論
  • ブロックチェーン上のコミュニティ
  • バーチャル国家が乱立する未来

【暁】 既存の国家に拠らない、ネット上でのブロックチェーン国家ができるかもって話が面白かったです。ブロックチェーンなら手続きや証明とかの手間がなくなって、行政・利用者の手間が省けていいのになぁ。現行の行政って煩雑な手続きに追われてしまって、より良い政策実現とか考える余裕が無いようなので。
【ひで】 市民・マスコミの監視の目があるから、どんどん手続きが煩雑になって、サービスの質が低下していくというのは、誰も幸せにならないですよね。

補論2 現実を侵食するフィクション

【ひで】 TSUKI Projectはすごく面白かったです。
systemspace.link
【木澤】 日本ってそういうのないですよね
【暁】 日本の作品が元になってるのに、宗教に対するアレルギーが凄いからか、日本ではないですね。
【木澤】 あとTSUKI Projectは割とダイレクトにSFを参照している
【江永】 宗教ではないけれど、異世界に転移したり転生したりして、そこから成り上がりするタイプの小説、ある種のなろう系小説とかは、救済感がある気がします。神もちょいちょいでるし、その割には世界の管理とかスキルがどうとか、SFというかゲームっぽい感じもあります。
【木澤】 日本ではTSUKI Projectの代わりとしてなろう系があるのかもしれません。
【ひで】 あと地下アイドルにエネルギーを注ぎ込んでいたりとか
【暁】 そういうコンテンツがまさしく信仰の拠り所で、偶像崇拝の対象なんでしょうね。

【ひで】 童貞救済を掲げるVTuberの『しましろより』は成功はしなかったですね。
【#00】はじめまして!架空の教祖「しましろより」です!【バーチャルYoutuber】 - YouTube
【江永】 教祖の養成とか教義の制作は、難しいですね。何が信じられやすいのかという問題と、何かを信じるとはどういうことなのかという問題が、絡み合ってる気がする。
【木澤】 最近だと地球平面説のコミュニティとかありますよね。地球が丸いというのは実はNASAの陰謀で、本当は地球は平らなんだと主張してるかなりトチ狂った人たちが今アメリカで急増してるらしくて、地球平面説の支持者同士をマッチングさせる出会い系サイトがあったりとか。ネットフィリックスにもドキュメンタリーがあって見たんですけど、これヤバいな〜とか思ったのは、地球平面説の支持者同士で内ゲバがあって、お互いに「アイツはNASAの手先だ!」って言い合ったりとか、陰謀論者同士がお互いにお前は陰謀側だと指弾し合うという地獄的な情況が顕現していてかなり暗い気持ちになりました。
www.netflix.com

【江永】 そういえば、まだ入手はしてないんですが、気になる陰謀論を見つけて。高山長房『人類はアンドロイド!電波によって完全にコントロールされる世界』(2014.5,ヒカルランド)っていう本です。紹介を見る限り、怪電波+爬虫類人+イルミナティの登場する、よくある陰謀論なんですが、「この世はほぼ奴らの作った組織だから、仮面社畜になるしかない。そんな世界でも金を得て楽しく生きることはできる」と、ライフハック本みたいになっていく。
【木澤】 今や陰謀論の世界も資本主義リアリズムなんですかね。しょせんこの資本主義に「出口」はないっていう。なんかどん詰まりな気持ちになりますね。
【ひで】 成功している宗教って勧誘行為がルーチンの中に組み込まれているんですけど、TSUKI Projectはどうなんですかね?
【木澤】 そういう勧誘プログラムはないですね。

【ひで】 この章では、「現実を侵食するフィクション」がおもしろかったですよね。鳩羽つぐちゃんとか。つぐちゃんは2000万円集めてるからすごいですよね
【暁】 西荻窪行きたくなりますもんね。今度ねんどろいども出るので、買おうか迷ってます。
camp-fire.jp

【ひで】 ネットミームに現実が上書きされるという話について、OKサインとかピースサインが意味が上書きされるのがありますよね。
f:id:hidesys:20190408000717p:plain
【暁】 メタ宗教のフライングスパゲティモンスター教も、一部がガチになっちゃったという話をふと思い出しました。
【江永】 ワード・ポリティクス、ではなくて。アプロプリエーション(我有化)と呼ぶのがよいのでしょうか。例えば、「クィア」という呼称が、かつては侮蔑語としてマジョリティから押しつけられるものだったけど、それを肯定的な意味で使いなおす、押しつけられるのではなく、その呼称を、自らのものにして定義しなおす。そういう方法をアプロプリエーションと言ったりすることがあるみたいなので。
【木澤】 オルタナ右翼は60年以降における左派のアイデンティティポリティクスを我有化している側面はありますよね。
【江永】 そうですね。そうしたメソッドを我が物にしている印象があります。
【木澤】 マジョリティ側のアイデンティティ政治というか。左派だったら黒人やLGBTといったマイノリティが自分たちのアイデンティティを主張してきたという歴史があるわけですけど、今や白人が白人としてのアイデンティティを主張するようになってきている。白人というアイデンティティは彼らにとって一番手近なアイデンティティですから。マーク・リラという左派知識人は、リベラル左派のアイデンティティ・ポリティクスの失敗がオルタナ右翼の台頭とドナルド・トランプ大統領をもたらしたと批判してますね。アイデンティティ・ポリティクスは結局連帯ではなく分断をもたらしただけだと。だから、これからはアイデンティティではなく普遍的な価値を打ち出していかないと左派は駄目だと主張している。フェミニズムLGBT理論でも最近は交差性とか言って階級や人種の視点を導入して相対化しようとしてるらしいですけど。
【ひで】 大阪のレインボーパレードに参加したときも、基地問題を言っている人がいました。
【江永】 そこの辺りだと、最近考えさせられたことがあって。日本でアイン・ランドを紹介しているアメリカ文学研究者の藤森かよこは、実は日本で90年代に開かれたシンポジウムに基づくらしい論集『クィア批評』(2005.1,世織書房)の編著者で、この論集には「リバタリアンクィア宣言」というのを寄稿していたりします。
それこそ、元々クィア理論は、ジェンダーセクシュアリティの差異とエスニシティや階級の差異とが入り乱れるなかで、違う人々が連帯できる点、また逆に無理にひとまとめにしてしまうとまずい点を探す、みたいな動きが出発点に含まれていたはずなんですが、さらにそこからリバタリアニズムへと伸びていく方向もあるのか、と。SNS上だと、アイデンティティ政治みたいな話題って、自分の視野に入る限りでは、差別のあらわれを摘発して誰彼のマジョリティ根性を炙り出す、という方面、要するに、敵叩きや裏切者探しにどうしても関心が向きがちだと感じているのですが、それだけではなくて、どんなところにも相応のマイナー性というか、普遍ならざる普遍性みたいなものがあり、それを活かすべく推し拡げるみたいな、仲間づくりや呉越同舟みたいな方面でも、こういう批評理論が、使えるはずなんだよな、と。「リバタリアンクィア宣言」の内容自体は、連帯よりむしろ味方っぽい相手にも議論を吹っ掛けていくような論調なんですが、それを読みつつ、連帯するとはどういうことか、と改めて考えさせられました。

【江永】 そういえば、ニック・ランドから思弁的実在論への流れは、今日、まだ話してなかったですね。
【木澤】 思弁的実在論について簡単に確認しておくと、要するにカント批判から始まった哲学運動。カントは一言でいえば物自体には直接アクセスできないって言った人で、それ以降の哲学では対象は常に主観との関係性の上でしか論じることはできないということになった。こういった立場は相関主義といって、カント以降ポスト構造主義までこのカント主義から完全に脱せていないという批判から思弁的実在論はスタートしてる。ムーブメントとしての思弁的実在論は2000年代以降に出てくるけど、ニック・ランドは80年代後半の時点ですでに「Kant, Capital, and the Prohibition of Incest」という初期の論文の中でカントを批判している。一言でいえばランドは、カント主義における対象=他者を主観性へ還元する表象作用に啓蒙主義以降における帝国主義の端緒を読み取っている。つまりカント哲学のうちにすでに他者の植民地化の契機が存在していたと批判しているわけです。こうした近代を特徴づけるカント主義における相関的循環の<外部>へ突破して他者=物自体へ直接アクセスしようというのがニック・ランドと思弁的実在論者が共に共有しているスタンスと言えるんです。この点から、思弁的実在論と加速主義を架橋する存在としてのCCRUという見方が出てくる。思弁的実在論と加速主義は一部主要プレイヤーが被っていて、それはレイ・ブラシエとイアン・ハミルトン・グラント。ふたりとも90年代にはCCRUに所属していて、その際グラントは加速主義の聖典の一冊とされているリオタールの『リビドー経済』、あとボードリヤールを訳したりしてます。ちなみに思弁的実在論と加速主義を語る上で外せない出版社アーバノミックの編集者ロビン・マッケイもCCRUに所属していました。用語としての加速主義は2008年に批評家ベンジャミン・ノイズがブログ上で提唱したものですが、ムーブメントとしては2010年9月にロンドン大学ゴールドスミス・カレッジにおいて開催された加速主義についてのシンポジウムがメルクマールと言えます。そこでの登壇者の名前を挙げると、マーク・フィッシャー、レイ・ブラシエ、ベンジャミン・ノイズ、ニック・スルニチェクなどで、ニック・ランドの著書『Fanged Noumena』の刊行に合わせる形で開かれたということもあり、ランドへの言及も結構あったようです。
加速主義といえば、シンギュラリティ(人類に代わり人工知能が文明の主役となること)界隈が結構頻繁に『マトリックス』を参照しているんですよね。たとえば『マトリックス完全分析』という、レイ・カーツワイルやニック・ボストロムも寄稿している結構面白い評論集があるんですけど……。『マトリックス』はボードリヤールの『シミュラークルとシミュレーション』を参照しているんだけど、それが結構でたらめで。ボードリヤールは現実はすべてシミュラークル化してて、現実とシミュラークルを区別すること自体に意味がない、なぜなら現実はすでに消滅しているから、ということを言ってるわけだけど、『マトリックス』では現実世界に帰還することができる、レッドピルを飲んで覚醒さえすれば、という話になってる。ここに至って、『マトリックス』は虚構の世界/真実の世界という古典的な二項対立に回帰してて、その二つの世界を媒介するのはレッドピルであり、またそれによって覚醒した超人的な救世主である、という……。このレッドピルというガジェットが、今ではインターネット・ミームとなり、とりわけオルタナ右翼に愛用されているというのは示唆的な話だと思っています。
【ひで】 シンギュラリティってそんなにすぐ来ないでしょ?
【木澤】 レイ・カーツワイル2045年って言ってますね。
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【暁】 結局、理想の社会に近づけるには、ピーター・ティールみたいに何らかの形で財を築いて、自分の信条に近い政治家に投資するしかないんですかね…。それかその社会からExit(脱出)するしかないのかな。世知辛いですね。
【木澤】 ティールはともかく、僕ら一般人はニック・ランドのように上海にExitするか、マーク・フィッシャーのように資本主義リアリズムのもとで鬱病になって消耗していくか(そしてその帰結としての自殺という究極のExit)の二択しかないのかもしれませんね……。
【江永】 ハーシュマンだと、Voice(発言)、Exitの他に、Loyality(忠誠)って言ってましたよね。確か。滅私奉公ではなく、しかし、組織側がExitされたり内部告発されたりしたら現に困るように、組織内の地位なり権能なりを掌握しておく。そこに賭けたい気もします。

終わりに

今回は著者ご本人が参加してくださるという、びっくり企画となりました。なんと、木澤さんは次回読書会にも参加してくださるそうです。次回は『ニュー・ダーク・エイジ』の予定です。

また、木澤さんは2019年5月にまた新しい本を出されるとのことです。今回の読書会でも言及したニック・ランドや新反動主義、さらには加速主義についても掘り下げて書いてるとのこと。
ニック・ランドと新反動主義 現代世界を覆う〈ダーク〉な思想 (星海社新書)
ダークな思想が、現代社会に浸透している。新反動主義とニック・ランドを起点に、最注目の書き手が世界の暗部を縦横に抉り出す快著!

ワクワクが止まりませんね。それでは皆さん、またお楽しみに!