ひでシスのめもちょ

今度は箱根登山鉄道に乗ってみたいと思っています

品川の中心で不平等を語る 『不平等との闘い ルソーからピケティまで』読書会記録

品川の中心で不平等を語る 『不平等との闘い ルソーからピケティまで』読書会記録

闇の自己啓発会は品川の某所で『不平等との闘い ルソーからピケティまで』(稲葉振一郎)の読書会を開催しました。以下、その模様を再現していきます。

■参加者プロフィール

ひでシス(以下ひで)

農産物貿易・途上国の農村研究→サーバーサイドエンジニア。在学時代は資本論読書会を行う。著書に『シェア・ユア・ライフ』、『独習KMC Vol.4』などに寄稿。

江永泉(以下江永)

文学理論や文芸批評、やる夫スレやネット小説などを読んできた。『Rhetorica #04 ver.0.0』や、『ボクラ・ネクラ』などに寄稿。

役所暁(以下暁)

政治思想、地方自治論などをやっていました。数々のブラック企業を経て現在編集職。

まずは、本書を読んだ各自の印象などを。

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【暁】稲葉振一郎はデビュー作がオタクの本(『ナウシカ解読 ユートピアの臨界』)だから、失礼ながら色物かなぁと思ったけど、この本はとても読み応えがあった。ある程度の前提知識は必要とされているけど、自分のレベルには合っていた気がする。経済については試験勉強的なテクニカルなことばかり抑えていたのを反省しつつ、政治と経済を体系的に学ぶことの重要性を再認識した感じ。
【江永】稲葉振一郎は経済学の啓蒙書をいろいろ書いていて、『経済学という教養』も読みやすい。あとは『政治の理論』みたいな著作もある。たしかに政治も経済も相互行為というか、プレーヤーが複数いることを前提に考えている点で通じあってる気がする。
【ひで】ミクロの教科書を読むといいですよ。奥野とかマンキューとか。
【ひで】今回の『不平等との闘い』は全体として論の立て方がきれいだった。マルクス好きのひでシスとしては第2章なんかはマルクスの理論をかなり捨象して書いているなという感じはするけど、本として見たときに道筋がきれいなのでシックリくる。
【江永】差し当たり、文系・理系という呼称で、考え方のクセを分けてみる。理系の人はまず定義を覚えてから計算を解く、文系の人はその定義の由縁とか謂れを問うのが得意。稲葉振一郎は学部時代に現代思想を読んでいて、学問的には労働研究に取り組んで、そこから政治哲学・倫理学へ行き着いた人。そういう風にいろいろ領域横断しているからだと思うけど、理系っぽい人と文系っぽい人、どっちの人がどういう説明をして欲しがってて、どういう観点が抜けがちになるのか、というのをわかっていて、そこを補って書いてくれている感じがする。
【暁】そう、自分が突っ込む前に著者が既に突っ込んでるから、隙がないなぁと思った。
【ひで】たしかにマンキューとか奥野でも定義・仮定は置くけど、なぜそうするのかについては分厚い説明は与えていない。というのも仮定をおいた上で計算をしてどういったことが言えるのかを説明するのが主だから。この本はそういった現代の経済学で置かれる仮定がなぜそう置かれているのかについてちゃんと説明してあったので、久しぶりにこういう説明に目を通すことになって勉強になった。
【江永】これ一応ピケティの便乗本なんですよね。もっと早く読みたかった。
【江永】この後に書かれた『新自由主義の妖怪』では新自由主義という用語の内実とか使われ方について経済思想史の観点から解説している。

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読書会の様子です

『不平等との闘い』

目次

■0 はじめに 18世紀のルソーから、21世紀へのピケティへと回帰してみる

ルソー『人間不平等起源論』/スミス『国富論

■1 スミスと古典派経済学

資本主義のもとでの不平等

■2 マルクス 労働力商品

「労働力」の発見/技術革新が失業者を生む?/原因は“資本蓄積”/技術革新の思想

■3 新古典派経済学

民主化の時代の成立/「誰もが資本家になりうる」可能性/「人的資本」という視点

■4 経済成長をいかに論じるか

新古典派はなぜ成長と分配問題への関心を低下させたか/技術革新と生産性との関係

■5 人的資本と労働市場の階層構造

労使関係の変容/「発展段階論」による歴史変化の説明/労働者間の格差は「人的資本」

■6 不平等ルネサンス(1)

はっきりしない「成長と分配」の理論

■7 不平等ルネサンス(2)

「生産と分配の理論」のモデルを考える/格差は温存されるか、平等化が実現するか

■8 不平等ルネサンス(3)

不平等は悪なのか?―ルソーとスミスの対決からピケティへ

■9 ピケティ『21世紀の資本

インフレを重視/「r〉g」は歴史的に常態

■10 ピケティからこころもち離れて

ピケティの論敵たち/論じていない格差問題

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朝食を食べながら話を始めました
*以下、各章ごとに振り返りつつ、意見交換していきます。

第0章 はじめに

【江永】政治哲学っぽい話をフワッとしている。
【暁】ルソーの導入みたいな感じですかね。
【ひで】ぼく啓蒙思想って全然わからないんですよ。啓蒙思想ってなんなんですか?
【江永】イメージとしては「人間には知性がある。知性があるから教育できる。教育でよい人間をつくろう」って感じ。高校の倫理とかでも、ロックは『人間は白紙で生まれる』と述べた、とか書いてありますよね、確か。適切な教育さえ得られれば、同じようによい方向になるはず。なので知識を集めて辞典を作ろう、という動きと一緒に出てくる。
【暁】そしてフランス革命の前ぐらいの、ホップズ、ロック、ルソーあたりが主張していた近代国家の成り立ち・有り様を説明する一連の思想群のことを、(政治分野における)啓蒙思想って言いますよね。
【江永】事典的な説明を調べるなら、スタンフォード大学がやってる、専門家が色んな専門用語について解説しているStanford Encycropedia of Phylosopyとかを読むのが一番いいのでは。
【江永】人間を含む自然というか世界は神が常時ワンオペで運用しているのではなくて、人間にもわかるルールに則ってオートに動いているのだ、という考え方をしてみる。そしたら、神の決めたルールなら変えようとしてはならないし変えられないはずだけど、そうでないものはルールのフリしたマナーじゃないですか。で、有害無益な迷信じみたマナーは変えましょう、というので、啓蒙する。
【暁】ちなみに悪名高いマルキ・ド・サドは実はこの近代啓蒙思想の流れから出てきてる人。今まで自明視されてきた神という権威から離れ、「自然」について考えてみよう、っていう文脈でああいう本を書いた。
【江永】「悪事は楽しい」を自然のルールに最初にぶっこんだら?みたいな感じ。

【ひで】成長か格差かという話がこの本の根幹なってるんですよね。
【江永】ルソーは不平等の起源を所有権制度の確立(それを支える国家権力の成立)に求めました、っていうことらしいけど。
【ひで】スミスは基本的に市場はええもんだよって言ってて、所有権制度とそれを基盤とする市場制度はたしかに不平等をもたらしているのは確かだけども、それによって貧困者の底上げもされているからいいよね、みたいな
【ひで】でも所有権制度が不平等の起源だ!って言って破壊したら、原始共産制になっちゃうよね。
【江永】ルソーはよりましな国家・よりましな社会契約について『社会契約論』で論じているらしい。
【暁】『社会契約論』では、有名な「一般意志」などの概念も出てくるのですが、この解釈については色々あり複雑なので今回は割愛しましょう。

第1章 スミスと古典派経済学

【ひで】スミスは生産要素市場を見出した。スミス以前は労働は個別具体的なものとして議論されていたが、それらを抽象化して議論を始めたのがえらい。
【江永】そういえば、稲葉振一郎の本を読んで初めて、経済学はパイの分け方を議論するだけではなくて、パイを大きくする方法を議論する学問でもあるのだなと意識しました。
【ひで】パイを大きくすることを議論する方法には2つあって、1つは生産に必要な生産要素の組み合わせを最適にすること、もう一つは動的な世界の中で技術革新を考慮に入れること。後者の技術革新については、まだ経済学の中でうまく取り入れられていない。

第2章 マルクス 労働力商品

【ひで】マルクスの新しさというのは何かというと、労働力商品というものを導入したことですね。土地とか肥料とかという生産要素と、労働力商品の違いをマルクスは説明した。マルクスは労働価値説と言って、基本的に価値の源泉は人間の労働だということにしたんです。

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図を書いて説明するひでシス
【ひで】マルクス的な価値観の労働組合の目的をザックリいうと「労働者の賃金を伸ばして、資本家の取り分を減らそうよ」というふうになってる。労働価値説で行くのなら、価値の源泉は労働なので、本で書かれていたような『投下肥料価値』みたいなのは考えることができないはず。こういう考え方は考え方は新古典派的だ。
【ひで】あと本で商品の価格について市場で決まるみたいな触れられ方をしていたけど、マルクスは商品の価格に関して、市場で決まるみたいなことは明確には言っていないはず。
【江永】経済学をやってる人から説明を受けると、この本が各理論を、どう組み合わせて首尾一貫した話にしてるのかというのがわかる。0章の啓蒙思想の話もうまいパッチワークなんだろうと思った。
【暁】自分の大学では、マルクスの経済理論にはあまり触れなかったけども、ここではマルクスを色物扱いせずに長所と短所、その先見性などをフラットに書いてくれていてよかった。基礎教養的に読める。

第3章 新古典派経済学

【江永】新古典派民主化に伴う福祉国家志向を背景に生じたが、古典派経済学に比べて分配の問題に関心が低かった、と。
【ひで】というのも、限界革命(収穫低減とか)が経済学の中であったことで、市場が効率的であればすべてが上手く行く、最大化が最適化であるというのが理論的に示せたため。
【江永】あとは著者曰くの注目ポイントとしては、マーシャルの人的資本というアイディアが入ってきたこと。労働者と資本家という区分が崩れた。
【ひで】労働者は資本家にもなれるんだよと。アイディア次第で、資本市場からお金を借りて、自分のアイディアを市場で試して資本家になることができる。たしかにこの考え方って革命以降・民主化以降っぽいですよね。マルクス以前の時代なんかは貴族階級なり資本家階級というのは固定されていたわけなので。
【江永】かつ、それによって格差もまた緩和されうるというようになったわけですね。
【暁】早く資本家になりてぇ…

第4章 経済成長をいかに論じるか

【ひで】たしかに、古典派とマルクスでは、いわゆる技術革新による経済成長というのは十分にモデル化されていなかったんですよね。マルクスでは技術革新のモデル化は若干やってたんだけど、技術革新によって労働力が節約できて、賃金が下がって、恐慌が起こる、みたいなことしか言ってなかった。
【ひで】古典派とマルクスが、資本家と労働者階級の質的な違いに焦点を当てていたのに対して、新古典派では資本家と労働者を特にわけずに個人の富の連続的な変化に焦点を当てている。
【江永】新古典派も技術革新については、いい感じにモデルに組み込むことができなかった。だから、途上国が先進国に追いつこうとするみたいな事例に代表される、技術が外から降ってくるイメージになる。
【江永】新古典派も、労働者が資本家になれるというアイディアを除けば、定常状態についてのイメージは古典派とそんなにかわらないっぽい。
【ひで】むしろ、理論的に資本家と労働者というのを区別なく個人として扱い、生産の最適化と分配の問題を全く別物として扱えるという定式化がなされたせいで、成長と分配問題への関心が低下した。収穫低減というアイディアで資本労働比率・労働生産性・生活水準が収斂するだろうという予想が出たことで、自由な市場は分配の平等かさえ達成するという考えが生まれた。
【暁】p94-p98あたりの総要素生産性と技術革新の話がよくわからったんですが。
【ひで】技術革新というのは、総要素生産性が前年度に比べて上がること。でも新古典派は未だになぜ技術革新が起こるのかについて有効なモデルを提示できていないということを言ってる。実証研究レベルでは教育投資が重要だよねみたいな話はあるけども、マクロモデルで教育投資と技術革新の関係性を組み込んでみんなが納得できるモデルはまだ提示できていないという状況かな。

第5章 人的資本と労働市場と階層構造

【ひで】第5章は、前半はなぜ労働者が資本家になることができるのか――つまり、誰でも金融市場でお金を借りて事業を起こすことができるというはなし、
【暁】後半は労働組合の話。
【江永】分配問題が階級問題から個人間の所得や富の分配問題へと移行した、と。
【暁】金融システムの発展によって問題の有り様が変わったという話ですね。
【ひで】後半の労働組合の話。マルクスのときの労働組合は、専門職のギルドみたいなのvs資本家の集まりという階級闘争的な側面を帯びていたが、
【暁】現代では企業労働組合になっているので、解雇された人は救えなくなってしまった。
【江永】労働の代替性がなくなってしまった。
【暁】すると労働者側の交渉力が低下しますよね。個人的にはすごくわかるなぁと思います。日本でブラック企業問題とか色々あるから労働組合への期待が高いはずなのに、むしろ加入率はすごく下がって、ますます労使交渉での存在感は低下している。で、ブラック企業は一向に良くならない…
【暁】個人的な体験を言うと、以前は労働組合は政治色が強くて敬遠していた。でもあるブラック企業を辞めるときに、みんな自分をボロ雑巾みたいにしか扱わなかったけど、労組の人だけは親身になって相談に乗ってくれたので、印象が変わった。雇い主と完全にこじれる前に相談すると、ブラック企業がアリバイ作りに置いてるだけの相談窓口よりも余程役に立つ場合もあるというのは、サバイバル技術として知っておくといいかも(余談ですが)。
【江永】マクロレベルでの分配問題への関心が低下すると、個々の企業内での分配に問題が押し込められてしまうわけで、むしろ逆に生産と分配は不可分だという話に逆戻りしてしまう。でもそれが大事だった、みたいな。

第6章 不平等ルネサンス(1) クズネッツ曲線以降

【ひで】クズネッツ曲線――つまり、経済発展の度合いが低い国では格差が大きく、ちょっと発展すると格差が縮小し、もっと発展すると格差がまた拡大してしまうという曲線が発見されて、なんでかな?という話になった。でもなぜかはっきりしない。
【ひで】不平等な国は発展せんのや!っていう人もいるし、経済発展には人々を平等にする力があるという人もいる。
【江永】今までの新古典派も、生産から分配へと結びついているという話をしていたけれども、分配から生産へという話に関しては、クズネッツ曲線をどう解釈するかという議論とともに関心が高まってきたみたいですね。
【ひで】ちなみにこれはひでシスの個人的な意見なんですけども、先進国になるとむしろ格差が広がるのは、労働に必要とされる技能が上がりすぎるからだと思っています。100年前はよくある糸巻きの仕事に就くにはちょっと頑張って仕事を覚えるだけで済んだのだけども、現代においてはプログラマになろうとお持ったらめっちゃ大変。そういう基礎的な仕事に対する要求水準の高まりが、キャッチアップできる人間とできない人間で格差を生み出している気がする。

第7章 不平等ルネサンス(2) 成長と格差のトイ・モデル

【江永】成長と分配の理論における定番のモデルとでもいうべきものが未だ確立していないので考えていきましょうという話。
【暁】数式はブログにアップするって書いてある。今どきな感じがしますね。
【江永】ブログも見なきゃいけないのかな。
【ひで】マクロ成長の理論の話に今から入っていくわけです。この話をするときによく使われる経済主体に対する仮定の方法が2つあって、1つ目がラムゼイ・モデル――つまり無限に長く生きるdinastyが生涯効用を最大化するように動くというのと、2つ目が世代重複モデル――短命な命を紡ぐ者たちが子孫に対して残す資産を最大化しようとするモデルです。この2つの経済主体を作ったモデルに試しに組み込んでみて、最近のマクロ成長モデルのベンチマークを取るという感じです。
【江永】今回はその2つのモデルを、資本市場が完全であるときと、欠如しているときの2パターンで見て、大別して4つの場合に分けているんですね。
【ひで】ぼくはマクロ成長についてわからないので、とりあえず結果だけ見てみましょうか。
【ひで】ラムゼイで資本主義が完全な場合は格差が維持されるけども、それ以外の場合は格差が縮小する傾向にある。ここに生産技術のスピルオーバーを仮定として加えると、どの場合も格差は縮小する傾向になる、ただ格差の縮小する速さと、経済成長率には差が出てきてしまう。
【ひで】資本市場が完全な場合は、格差が縮小するのも早いし、経済成長率は同じでも絶対的な資本量は高くなることになる。これは市場が完全なので当たり前の話なのだけど。
【ひで】かつ、初期状態において格差が大きければ大きいほど、格差が縮小するのにも時間がかかる(当たり前やろ!)。かつ格差縮小に時間がかかってしまうので、その間は経済効率的ではないため、最終的な経済成長率が同じになるとしても、絶対的な資本は格差が少なかったときのほうが大きいことになる。
TODO: 本の図を引用する
【ひで】この本の2つの図を見るときは、図1は最初のA・B・Cの資本が同じ点から出発していることに注目するとわかりやすい。同じ状態から出発しても、資本市場が完全化欠如しているかで、格差が収斂した後の資本の絶対量に差が出てくる。ただ経済成長率――線の傾きは変わらない。
【ひで】図2については、Bは同じだけどA・Cの開き具合が大きくなっているかどうかで最終的にどうなるかを見るとわかりやすい。経済成長率は同じになるけども、格差が縮小するまで資本は有効利用されないので、絶対的な資本量に差が出てきてしまう。
【暁】体感としてはまあそうだよねということだけど、モデル化すると逆にわかりにくくなりますね…

第8章 不平等ルネサンス(3) 資本市場の感性か、再分配か

【ひで】不平等をどうするか! 成り行きに任せるか、資本市場を整備するか、政府からの収奪を許すか。
【江永】政府による再分配についても、フローを再分配するのかストックを再分配するのかで2通りの方法があるらしい。
【ひで】現代的な政府ではフローで再分配してますよね。
【江永】本でも、ストックを一挙に再分配するのは、「あまりに革命的ですので、しばらく考察からは除外しましょう」って書いてある。
【江永】ZOZO TOWNの前澤社長が100万円配ったやつの時にも、やっぱり資本家が財産を再分配しても、恣意的にしか配らないことが明らかになった、だから資本家から金を取って適切に配る国という装置が必要だ、という主意のツイートが4桁ほどRTされててびっくりした。個人的にはみんなそんなヤバいことを考えているのかとビビった。
【ひで】でもこれって普通じゃないですか? 国ってそういうものだと思いますけど
【暁】私もひでシスさんに同意するけど、現実的には国家は適切に分配できていない。例えば生活保護なんかは不正需給よりも、本来需給した方が良いのに需給できてない人が圧倒的に多いとか。そして資本家から税金をたくさん取るとタックスヘイブンに逃げちゃうし。どこまで取ってどのように配るかは難しい課題ですよね。
【江永】これは杞憂かもしれないけど、なんか各所から「資本家を懲らしめてやる!」みたいな気配を感じていて、不穏だった。「今月はたくさん稼いだから今日はおごるわ」って言った人間が叩かれるのか?
【ひで】前澤のやったことは自由財産の処分でしかないからね。
【江永】「租税制度をちゃんと整備しよう」っていう方向性の議論とか、「もっと団体交渉やっていこう」という意識ならわかるのだけども、「やりたい放題やってるやつは叩いていい」だと良くないと思う。
【ひで】人的資本は資本市場に馴染むのか、っていう話がありますけども、馴染まないですよね。
【ひで】というのも大学入試に面接導入なんかは、お金持ちの子供が若いことから海外旅行に連れて行ってもらって豊かな経験をして面接でいいことを喋れるようになったやつが受かるようになるわけで、世の中が全体的にそういう方向に進んできている。
【暁】私みたいにコミュ力低くて記憶力だけが取り柄の人間が、逆転するチャンスがなくなっていっていますよね。
【江永】試験の方が面接より公正でしょという話か。
【暁】大学に超多額の寄付をしている人間の子供を、面接で「人間性」を理由に落とすことができるのかという話もある。
【暁】フランスの大学入試の話もTwitterに出てましたよね。「フランスを見習えよ」というのが、人文学不要論への対抗という形で出てきていたけども、結局ああいう試験を通るには、哲学的な素養を積むことができるような経済的ないしは教養的なバックグラウンドが必要になるわけで、階級の再生産になっているんじゃないか、という点も考慮したほうがいいという話になっていた。
【ひで】ほんとに人的資本はイコール資本になってるんよね。
【暁】この章では「企業がお金を出して留学させた人間が仕事辞めるのを止めることはできない」と書いているけど、一方で某省庁は税金で留学した人間がすぐに転職した場合、留学に対してかかったお金を返せよ、ってのをやっていますね。

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デザートの時間です
【ひで】再分配政策は政治的に選ばれるのかという話。
【ひで】ここで書かれている中位投票者理論によると、政治的に選ばれるはずとなっている。投票者の層として、資本家層と中位層と貧困層を考える。政党として資本家党と貧困党を考える。もし社会が少数の資本家に資産が集まっているという状況なのならば、中位層は相対的に貧困層に近いという状態になるので、中位層と貧困層が貧困党に投票して、再分配政策を行う党が当選するという話。
【暁】今の日本は格差拡大って言われているから、この理論だと民主党系などの貧困寄りの政党が当選するはずだけど、実際は資本家寄りの政党であるところの自民党が選ばれていますね。
【ひで】民主党が当選しないのは、前回政党を取ったときにむちゃくちゃやって、かつ自己批判もしなかったことに国民が懲りたからでしょ。
【暁】それと、本書では経済学的な側面から投票行動を規定しているけど、政治学の分野で見るともっと色々な投票行動論や政党論がある。例えば日本の政党政治は、世界でも特異なものとして分析されていたり。独裁でもないのに一党が政権与党を(たまに途切れつつも)こんなに長く続けるなんて、なかなかできることじゃあないよ、みたいな。はたまた自民党内の派閥が政党のような形で競争して「政権交代」しているという論もあったり…(以下略)。
【江永】高校の政経って単位数が少なくてみんな政治経済学的な知識が少ないのでは。だからなのか、学問的なものの代わりに通俗政治経済論みたいな価値観で生きちゃってる気がする。例えば歴史に関しても、歴史学の中で議論された話の代わりに、百田尚樹司馬遼太郎みたいな小説家に由来する歴史観がなんとなく広まっていると言われたりする。そういう話が、政治や経済についても言えるんじゃないか。
【江永】やる夫スレとか、なろう系小説を読んでいると、そんな風に思う。本当に通俗的だったり、商業は出版できなさそうだったりするような価値観も流布されている。
【暁】一方で中には修士以上出てるやろみたいな人間が書いた物語もあり、玉石混淆ですよね。
【江永】こういう状況は、明治期の啓蒙的な小説とかが読まれている頃と似ているのかも。

第9章 ピケティ『21世紀の資本

【江永】ピケティが不平等ルネサンスにおける実証研究の主導的存在になっているんですね。
【ひで】ピケティの『21世紀の資本』の4つのエッセンス。1つ目は「物的資本の分配問題に再度着眼したよ」。
【暁】政府統計から導き出したんですよね。でも日本政府の統計データってほんとに使えるんですかね…?(笑)
【ひで】ちょっといま統計データの信頼性が問題になってますからね。
【ひで】2つ目。「ちょっと前は格差が少なかった理由は、経済発展の段階が格差の少ない段階だったからという理由ではなくて、ケインズ福祉国家の政策が投票によって選ばれていたからという認識が周りの社会学者と合っている」ということ。で、最近格差が拡大してきているのは新自由的政策が行われているのが理由だということ。
【ひで】3つ目。「インフレーションの再分配効果への注目」。資本家の資産が目減りする。ほかにインフレが何が嬉しいかってわかります?
【江永】借金が目減りすること。インフレするとお金の価値が減るので、借金が実質的に減ることになる。
【ひで】あと消費や投資が刺激される。いま現金を持っている人は、どんどん価値が目減りしていくことがわかっているので、今使っちゃおうってなる。
【江永】4つ目。90年代のクズネッツ曲線に依拠した理論家に対して、実証研究により理論の見直しを迫る立場への転換。ようするに数理モデルとともにシンプルな成長の見通し・対応関係をつけることを断念している。
【ひで】4つ目は2つ目とも対応していますよね。成長モデルを描くことを断念していて、格差の問題は政治の問題だと言っている。
【江永】2つ目と3つ目も関連してるんじゃないですか?
【ひで】ケインズ福祉国家政策は不可避的にインフレーションを引き起こす、というのが1970年台のアメリカの頭痛の種だったので。でもピケティ的には、インフレーションは資本家の資産を目減りさせることで格差縮小にも効いていたと。

第10章 ピケティからこころもち離れて

【ひで】なんで『平等が望ましい』のか、って話をしなきゃいけないんですよね。
【江永】そもそも平等とは何かという話もしなきゃいけない。
【暁】ロールズは無知のベール――自分がどういう立場で生まれるかわからないという仮定をすると、人々はどういう社会を構築しますか?という話。自分は奴隷なんかになりたくないから、最低限の保証があるような社会制度をデザインするのではないかと。
【ひで】ロールズは自由の平等と基本財の分配。
【江永】ロールズはいい話に理屈をつけるために思考実験しているという印象。一方でセンは、いい話がそのまま利益に結びつくと説いているという印象。
【ひで】センは個人の潜在能力アプローチでしたっけ。
【暁】そうそう。センは開発を従来的な工業化の促進という意味だけでなく、自由をも促進し、みんなを物心ともに豊かにしていくより広い概念と定義している。自由は開発の目的であると同時に経済発展に欠かせない手段でもあると。
人が経済的に困窮する原因である潜在能力の欠乏を解消することで、そういう豊かな社会を実現するという感じ。まあ、開発独裁に対するカウンターパートみたいなイメージかな。
【江永】ピケティはロールズとかセンの「平等というのはいい言葉(として使おう)」という前提に乗っかって議論を進めているので、なんのための平等かというところの打ち出しが弱い、ってことなのか。それに対して、この本で紹介されているのだと、例えば功利主義のデレク・パーフィットは「重要なのは人々の間の平等よりも弱者の救済なのである」という優先主義を取っている。道徳哲学者で『ウンコな議論』の著者のハリー・フランクファートは、「ロールズ的な権利保証は平等主義というよりは最低限の水準保証なのではないか」という十分主義を取っている。
【江永】で、どういうことになるのか。えーと、稲葉さんが深読みするところによれば、ピケティの言いたい平等が、弱者救済なのか、公的な政治参加の機会の保証なのかちょっとブレている。そのせいで、資本家からごっそり取るより、中流から広く浅く集めた方がいいじゃん、っていう議論に対して反論できない問題がある、と。
【ひで】最後なんかまとめづらいですね。稲葉さんが書きたかったことをモロモロモロと詰め込んでいるという感じがある。
【暁】センやロールズの説明がかなり短いので、復習して振り返った方が良さそうな感じ。

おわりに

【ひで】う〜ん。最後に「平等化はある程度であれば、成長を犠牲にしてでも追求すべき目標である、しかしそれを説得的に論じきるだけの用意はまだ足りでいないのです」って書いてあるけど、わざわざそういう話をする必要ある? 普通の経済成長モデルを描けば、平等であれば経済成長する過程でもより資本配分が効率的になることが示されてるわけだし。
【暁】この本を読んで、とりあえずピケティを読まなきゃな〜って気になりましたね。
【江永】あの鈍器みたいな本をね。
【暁】この本はピケティの本の前座としてよかったのかもしれない。
【暁】わたし、こういう学部横断的な本って結構好きですね。自分の強いところにも、弱いところにも触れることができたし。
【江永】用語がちゃんぽんになっているわけでもなかったので読みやすかった。自分は用語ちゃんぽんしまくっちゃうので、反省。この本はホントは辞書や事典ともに読むのがいいのかもしれないですね。

【ひで】まぁでもこの本論がキレイで読みやすかったですね。勉強会向きというか。
【暁】勉強会向きですかこれ? エッセンスが凝縮されてるので、本の内容についていくのがメインで、他分野の人たちと読むことで本に対する理解は深まったけども、本の内容に立脚して自分の問題意識を論点にするような勉強会はやりにくかった気がしました。
【江永】さっきの二分法を持ち出して言えば、前者は理系の教科書の読み方、後者は文系の評論の仕方、って感じでしょうか。小説の批評、とか言うと、書かれ方の技術批評もあるけど、割と個々の問題意識を掘り下げるためにその小説をどう使ったのか、みたいな話になりもする。
【ひで】なるほど。ぼくは結構前者の読み方をしちゃってました。

こんな感じで毎月読書会をやっていこうと思っています。よろしくお願いします〜!